増田川を知ろう 第2回目 中下流域編
令和6年9月29日(日)
第1回は川の下流を歩きました。
それに引き続き、第2回は中下流域を歩きます。
今回もたくさんのKPM(キラキラパルク増田西)スタッフが見守る中、川歩きが始まりました。
今回の案内人は株式会社エコリスの旗(はた)さんです。
KPMは旗さんのアドバイスをもらいつつ、毎年開催しているガサガサ体験で採ることができた魚類の分類・記録を行っています。
前回に引き続き、川を見ることに意識を向けて歩いてみると、とてもたくさんの生き物が川とその周辺で生息していることに気が付きます。
歩いている間にも、「あの虫は何?」「あの鳥は?」参加している子どもからは次々と旗さんに質問が寄せられます。増田川で見ることができる生き物(魚に限らず、鳥や虫まで!)を熟知している旗さん。たちどころに答えを教えてくれました(見分け方まで!)。
今回歩く増田川の流域は、30年ほど前に改修により流れを変えたところになります。
その昔の流域のひとつが現在は増田西親水公園として整備されているそうです。
今回の参加者は、昔からこの近辺に住んでいる人も多く、昔の流域についての思い出話に花を咲かせていました。
地下道を過ぎたあたりの増田川の川底は、水害防止のため浚渫作業が入っていたのですが、何年もしないうちにヨシなどが生え茂り、川の流れに変化が戻ってきていました。流れに変化があると、川の深さにも違いができ、結果大きさの違う魚など多様な生き物が生息できる場所になるそうです。
当日は曇り空でしたが、明るい空のため川面の反射もあって、魚はなかなか歩いているだけでは見つけることができません。そんなときに「あそこのよどみの辺りをよく見て」旗さんのアドバイスどおりに見ていると、子どもからは「魚がいた!」と歓声が。そこには大きいコイがいました。魚ごとの習性を知っていると、探すポイントもわかってくるそうです。
コイについてですが、実はコイは元々東北地方にいた魚ではないそうです。なぜそのようなことがわかるのかというと、貝塚を調べると当時食べられていたものがわかるのですが、東北地方の貝塚からはコイの骨は全く出てきていないからです。文献を調べるとどうやら江戸~明治期に増田川に持ち込まれたそうです。そんな歴史的背景も学ぶことができました。
今回の中・下流域の川歩きでは、歩いた後に市民活動支援センターの会議室で、旗さんによる講習が続きます。
講習が始まると、まず旗さんの前には次々と水槽が置かれていきます。中にはゲンゴロウブナ、コイ、ドジョウ、そしてスズキやボラまで。
これらは何日も時間をかけて準備したものではなく、当日の朝だけでこれだけ多様な魚類を採ることができたという説明があると、子どもだけでなく、会場にいた全員から驚きの声が上がりました。
図鑑に載っているような大きくなった魚ですと、それぞれの特徴もよく見えますが、今回採れたのはまだ大きくなっていない魚もあります。例えば、コイは口にヒゲがあるのが特徴ですが、遠くからではなかなか見分けることができません。それを今回は水槽が目の前にあるので、ちゃんと見つけることができました。他にもヒレや体の色の違いなど、魚ごとの特徴を教えてもらいつつ観察することができました。
(今回採れた魚は、川歩きの後全て元の場所に放流されました)
それから、ウナギの生態についても面白い話を教えていただきました。ウナギは長い間産卵場所が不明だったのですが、グアム島のそばにあるスルガ海山付近で産卵し、そこから長い旅をして日本の川に登ってくるという生態だそうです。なぜ、わざわざそれほど遠いところで産卵するかということですが、ウナギはもともと深海魚の一種であったと考えられているのですが、魚は生息する場所は変わっても、産卵する場所を変えるのは難しいそうです。そのため、今は川で生息するウナギでも、産卵だけは深海で行うという生態になっているそうです。
このような大人向けの研究の成果も、子どもでも理解しやすく教えていただきました。
2回目の今回も、1回目に続いて川への知識を深めることができました。これから川を見たときに、ちゃんと魚を見つけることができるようになるだけで、格段に愛着が湧いてくると思います。
3回目はいよいよ増田川に遡上してくる鮭を観察する企画です。全国に鮭が遡上してくる川はたくさんありますが、鮭の稚魚を放流せずに遡上してくる増田川は珍しい川なのだそうです。一方、近年は環境の変化からかKPMの会員でも増田川で鮭を見かけていないそうで、次回本当に見られるかどうかはわからないとのことでした。鮭を見られれば、より楽しい川歩きになります。それをみんなで祈念して、今回の川歩きは終了となりました。